大人の韓国留学 50を過ぎた私の留学の旅思い出日記

50代で1年間韓国の大学の語学堂に語学留学しました。帰国してしばらく経ちますがあの時の気持ちを残しておきたくて書いている思い出日記です。

留学生活の思い出 ―結婚式当日編―

結婚披露宴会場は江北から漢江を渡り、汝矣島を通り抜けてしばらく走ったあたりの結婚式場でした。式場のあるホテルだったのかもしれません。共通の知り合いが私たち留学生を車に乗せて行ってくださったのでよくわからないまま・・・・・・。

エレベーターのドアが開くと、とにかくなんだか天井が高くて華やか! バブルの余韻が残っていた日本で、友人の結婚式に無理して着飾って出かけた頃を一気に思い出しました。近頃はもうさすがに友人の結婚式というのもなく、姪や甥たちは式を挙げない派が多く、一番最近出たのは若い同僚のレストランウエディング。素朴な時代になったものです。こんな時代が性に合っていて田舎暮らしの私は、青空と博物館以外でこんな高い天井は久しぶりに見たなと思ったのでした。

広いエントランスホールには数人ずつのグループがたくさんできていて、始まるまでの談笑中。そこを新郎と新郎新婦の両親が挨拶に回って写真を撮ったりしていています。片隅には受付があり、その隅には何かの白い山が。ご祝儀用の封筒です。前日の夜、コシウォンの近くのダイソーで「祝結婚」と印刷されたシンプルな封筒を、これでいいのかなぁと不安になりながら準備していった私は、これには本当に驚きました。実に合理的です。

わたしが結婚した時には、鶴や亀の形に細工された金の水引がついている、分厚い和紙で折られたA4サイズぐらいの祝儀袋を親戚からもらったのを懐かしく思い出します。あ~私の思い出は古き良き昭和の香り(既に平成でしたが)。

その後、私たちも美しい韓服姿のご両親や新郎と写真を撮らせてもらったり、ウエディングドレスの準備ができた花嫁の、これもまた驚きの広さの控室に入らせてもらい、ご挨拶したり一緒に写真を撮らせてもらったりしました。

その後なだれ込むように披露宴会場に入ると、なんと、まさにドラマで何度も見たランウェイつきの会場。その両側には丸テーブルが10以上は並んでいたと思います。席は決まっておらず座れ座れと言われて私は空いている席に腰掛けたのですが、参列者が全員入ると席は全く足りず、立ち見の人が壁際と言わず席と席の間にもたくさんいたのです。座れた人がラッキーぐらいのイメージです。いったいどれだけ招待状を配ったのか、みんな友達を連れてきちゃったのか、こういうものなのかは不明ですが、本当に小学校の学芸会のような賑やかさでした。

心配していた服装ですが、大人の皆さんは洗練された大人のお出かけ着から子どもの入学式ぐらいのイメージで、女性は、色は抑え目だけど華やかな感じのスーツが多かったように思います。男性は若い人はスーツにネクタイ、私くらいの年代の方たちはおしゃれなジャケットスタイルも多く見かけました。完全に昭和の田舎者の私は、ソウルの人たちはあか抜けてるなぁと率直に思ったのでした。

華やかなアクセサリーをじゃらじゃらとか、朝美容院に行ってアップにしてきましたとか、パーティドレスとかそういう感じの人はいませんでしたから地味な留学生組もまぁ、恥ずかしいほどではなくて、外国人として空気が読めていないだけだったかもしれませんが、とにかくそんなに気後れせずにすみました。お陰様で。                                              

つづく

 

#韓国の結婚式 #留学生活の思い出